知識(knowledge)と経験(experience)について

タナカさん
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以前、IAに関する記事において、経験を伴わせ情報を構造化することで知識となると書いた。そして、それを抽象化することで知恵へと昇華されるとも。
これは私自身の言葉ではなく、以前書いた通り、ネイサン・シェドロフ氏の提唱しているDIKWモデルだ。

実はこの流れは、誤解を得られやすい点があるため、今回少しお話しさせていただきたい。

ただ知っているだけは知識に非ず

まず誤解を得やすい点として、知識の認識がある。
DIKWモデルにおける知識=Knowledgeとは、認知している、或いは受け渡し可能なレベルというだけでは満たされない存在だ。
知識とは、組織化された情報であり、さまざまな内容が組み合わさり、体系化された存在である。そのため、その理解のために経験を経て、自分なりの理解を得ている存在となる。
これは逆に言うと、そのままでは他人に伝えることができない存在とも言える。
知識を他人に伝えるためには、それを情報へと断片化させる必要がある。

読書などを通して知識を得たと考えるのは、少なくともIAの世界では間違いなのだ。
経験を経て、自分事化された情報こそが知識となる。

知恵というのは真の理解

では知恵とは何であろうか。

将棋界の羽生氏がその著書において、以下のように記載されている。

定跡は、ただ記憶するだけでは実戦でほとんど役に立たない。そこに自分のアイデアや判断をつけ加えて、より高いレベルに昇華させる必要がある。
出展:羽生善治著『決断力』

実戦に役立つというのは、つまり、応用が効くということだ。
そして、自分のアイデアや判断を付け加える、というのは経験を通して試行錯誤を行うことを意味する。
こういった工程を経て、より高いレベルへと昇華させることで実戦で役立つようになるわけだ。

この過程は正に、情報から知識、知識から知恵へと転換していく過程に一致する。

  • 定跡を記憶すること=情報を得る
  • 自分のアイデアや判断を付け加える=知識とする
  • 実戦で活かせるレベルに昇華する=知恵とする

というわけだ。

ここで勘違いされがちなのが、経験を経由した段階で一足飛びに知恵となると思われることがある点だ。
実際のところ、経験を積み重ねることで情報を知識とすることは必ずしも難しくない。
しかしながら、体系立って認識できた知識を他に応用できるようになることは容易ではない。
知恵とは、ある分野を極めた時に初めて得られる存在であり、ただ自分事化された理解ではないのだ。

点が線となり、形を作っていく

(出展:netgeek.biz)

上記は少し前にネット上で話題になった絵だ。
更に元を辿ると、左2枚のみの絵が知識と経験の違いとしてネット上で拡散された訳だが、ただの知識が経験によって体系化され、それが発展的に知恵となる様を非常に良く表している。
経験の積み重ねを経て真の価値を見出された知識は、知恵となり、異なるものへと転化される可能性を持つのだ。そして多くのイノベーションと呼ばれるものはゼロから生まれるわけではなく、知識が知恵となり、転化されることで生まれる。

最後にもう一つ、賢人の言葉を紹介しよう。

知恵は経験の娘である
(レオナルド・ダ・ビンチ)

そう、知恵にたどり着くために経験が必要であることは、遥か昔から語られていることなのだ。是非経験を積み上げて、知識を知恵へと昇華できるよう、日々邁進したい。

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タナカさん

タナカさん

兵庫県出身。2003年東京外国語大学大学院修了(学術修士)。ウフル・マーケティングインテリジェンス本部(旧マーケティングクラウド本部)のたぶんちょっとエライ人(弊社CSOの田中正道とは別人)。 データドリブンなマーケティングに関して、その仕組みの設計からクリエイティブまで経験。趣味はバルトやデュルーズといった現代思想の研究から草の根音楽活動までと多岐に渡る。要するにオタク。
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