『人流データ』の活用と展望レポート

2019年9月24日、「流動人口データ×防災・観光・交通がもたらす次世代の都市「経営」に向けて」セミナーを開催しました。人の動きをとらえる「人流データ」を中心に、各社の取り組みやサービスについて、事例を交えながら解説します。

ビッグデータ戦略室 課長 丸山修平

ビッグデータ活用から見た社会インフラソリューションの構築について

ソフトバンク株式会社 テクノロジーユニット ビッグデータ戦略室 課長 丸山修平 氏

セミナー冒頭はソフトバンク 丸山修平氏がソフトバンクのIoTに関する戦略と事業連携の取り組みについて、概要を説明し頂きました。

ソフトバンクが注力している分野には「AI」、「IoT」、「スマートロボット」の3つが挙げられます。これらはどれもが密接に関わっています。IoTデバイスやロボットから生成されたデータをAIが解析し、その解析結果をまたデバイスやロボットへフィードバックするなど、データを通じて相互に連携しています。

なかでも今回はIoTの取り組みに着目します。ソフトバンクは主要事業となる通信事業に関連して、大量のデータを保有しています。またソフトバンクグループには最先端テクノロジーを持つ企業も多く関わっています。ここに法人のお客様が保有するデータを組み合わせることで、新たな価値を提供しようとしています。

ソフトバンクグループの位置情報はおおむね3つのカテゴリーに分けられます。1つは、あとのセッションで詳しく説明する、Agoop(アグープ)がもつGPSの位置情報です。2つ目は、ユーザーが携帯を利用した時にコミュニケーションした基地局からわかる位置情報。3つ目は、ソフトバンクのWi-Fiは全国40万台あるのですが、ユーザーがコミュニケーションしたWi-Fiの場所から割り出される位置情報です。
携帯端末から取得する人流データ
ソフトバンクではIoT、特に人流データに関して、Agoopやウフルと連携して事業を進めています。Agoopは携帯電話の接続率解析を行うことで基地局建設の効率化、ひいては接続率向上に寄与してきた企業です。ウフルにはIoT製品やサービスの開発や運用を包括的に支援するIoTオーケストレーションサービスenebular(エネブラー)があります。「今後の活動にぜひ期待してください」と丸山氏は述べました。

株式会社Agoop 営業企画本部 国内統括 藤井幹 氏

位置情報ビッグデータの活用 防災・観光・交通の各分野における活用事例とその未来

株式会社Agoop 営業企画本部 国内統括 藤井幹 氏

Agoopの藤井氏は防災、観光、交通の分野における位置情報とビッグデータ活用について解説しました。
Agoopは2009年設立、位置情報の収集や解析を得意とする企業で、ソフトバンク携帯電話の接続率向上に貢献しています。現在ではソフトバンクの子会社で、人や建物の情報をもとにしたビッグデータ解析や技術提供でビジネスを進めています。
位置情報ビッグデータの活用

本セミナーのテーマとなる流動人口(人流)データは「いつ、どこに、どれくらい人がいるか」を示すデータです。人の位置情報に関するデータには主に通信事業者の基地局データとGPSデータがあります。前者はメッシュデータのみ、国内のみ、人の属性情報が付加されています。後者はポイントデータとメッシュデータがあり、国内だけではなく海外のデータもあり、また移動方向や速度のデータもあります。属性情報はありませんが、行動から属性をある程度推測できます。

Agoopが取得しているGPSデータは、AgoopのSDKを使ったスマートフォンアプリから位置情報を収集しています(アプリをインストールする時に位置情報取得を許可した端末からのみ、GPSデータを取得しています)。収集するログは月に210億件、249の国や地域からログを取得しています。

Agoopが顧客に提供するものには、生データとなるCSV形式データと、解析結果レポートの2種類があります。CSV形式のデータにはポイント型とメッシュ型があります。前者はアプリのGPS位置情報から人の流れを点の状態で細かく把握したものとなり、後者はGPS位置情報をメッシュ集計化したデータとなります。2019年7月からは細かい50mメッシュも提供可能となりました。

ポイント型データは1日の動きをポイント(緯度・経度)ごとに把握できます(顧客に提供するデータはユーザーIDを日ごとに割り振り直すので、動きを追跡できるのは1日単位です)。データには個人の属性情報はありませんが、ある程度推測できるようになっています。例えば夜中から朝の位置情報から自宅、昼間の位置情報から勤務地や目的地が推測できます。ほかにもAIを活用することで、移動手段(歩行、自転車、電車など)、生活スタイル、趣味もおおよそ推測できています。例えば週末に山間部にいるならアウトドアが好き、ショッピングモールなら買物好きという具合です。

2020.03.10 追記
※日々蓄積した位置情報を基に推定勤務地エリア、推定居住地エリア等の推定を実施し、移動手段検知AIの開発やペルソナAIの開発へ活用されています。データ提供の際は、自動的に推定勤務地エリアや推定居住地エリアに該当するデータを排除して秘匿化処理を行っています。
ポイント型流動人口データについて

ここからは活用事例を紹介していきます。

まず1つ目、自治体の交通課が交通状況を把握できるようにした事例です。ある自治体では夕方になると幹線道路で渋滞が発生するため、生活道路を抜け道として高速で走行する車が多く、事故が多発していました。そこで人流データを分析したところ、抜け道として使われている道路が把握できて、自治体で対策を検討できる状態になりました。

解析に使ったのはポイント型データを可視化する「Kompreno(コンプレノ)」です。3分前~2週間前の人流データをリアルタイムで可視化できます。混雑状況や移動速度が分かるので、どの道路でどの時間帯にどのくらいの速度の車が走行しているのか把握できました。なお、2018年6月に大阪で地震が発生した時は、淀川大橋で高速で走行する車が減り、渋滞が発生したこともリアルタイムで把握できたそうです。

2つ目は、自治体観光課の事例です。観光地を持つ自治体では観光客がどこから来て、どのくらい滞在しているかなどが把握できず、施策を検討することや効果検証ができないという課題を抱えていました。

ソリューションとして用いたのが「Papilio(パピリオ)」、任意のエリアにおける人流分析レポートを定期配信するサービスです。代表的な分析レポートには、月別来場者数推移、時間帯別来場者推移、来場者の動線、居住地別来場者数、滞在時間別来場者数、曜日別来場者数などがあります。そのため、例えばどの国から観光客が来ているのか、日帰りなのか宿泊しているのかなどが分かるようになりました。
代表分析例
3つ目は、発災後支援ツールとして開発が進められている事例です。内閣府の官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)における災害データプラットフォーム構築で、人流データの活用が研究されています。災害時に人流をリアルタイムで把握できると、被災者の効率的な避難誘導ができて、交通機能の早期復旧に役立てることが期待されています。

2018年度は西日本豪雨災害における被災地の人流データを可視化し、交通状況を可視化しました。移動している車を可視化すると、通行可能な道路が把握できます。2019年度は災害時の異常発生エリアをAIで抽出できるように研究しています。これまではリアルタイムの状況を可視化したものから人間が異常を検出していましたが、これをAIで自動化を進めて早めにアラートを出せるようにするものです。

藤井氏は「Agoopは設立から10年。どのようなサービスを提供するといいか、模索しています。もし『こういうことがやりたい』というのがあれば、ぜひお声かけください」と呼びかけました。

交通情報サービス株式会社 取締役 杉山浩一 氏

流動人口データを使った交通サービス展開

交通情報サービス株式会社 取締役 杉山浩一 氏

道路交通サービスは1993年に東京都と大手企業50社の協同出資により高度交通情報を配信する会社として設立し、1994年から交通情報の提供を開始しています。

コンシューマ向けサービスでなじみ深いものとして、高速道路の渋滞状況やIC区間の所要時間が表示されている地図、あるいは主要な道路に設置されているライブカメラがあります。ライブカメラは全国約3000ヶ所(季節変動あり)に設置されていて、道路や天候の状況が分かるようになっています。

法人にも情報を提供しています。代表的なものが放送局やデジタルサイネージ向けの交通情報です。バス会社には空港やショッピングモール周辺の渋滞情報を提供しています。

運輸や物流向けの情報提供もあります。「iGPS on NET」は15秒ごとの管理車両の位置情報と交通情報が把握できるようなシステムで、生コン業や輸送業などで活用されています。あるいは「ATIS on Cloud」では事故情報、渋滞・規制情報を詳しく素早く提供しており、高速バスや貸し切りバスなどで活用されています。

情報提供の全体像を示したのが下図です。一般道(主に都道府県警察)や高速道路(各種高速道路会社)からの情報が日本道路交通情報センターに集まり、そのデータに交通情報サービスが駐車場や道路のライブ映像などの情報を加えて独自の地図などを提供しています。
情報提供の流れ
課題もあります。これまでの道路交通情報は路上に設置された車両感知器からのデータが中心で、感知器がない道路では情報が収集できませんでした。主要道路の状況は把握できても、そこから最終目的地までの細い道の状況は把握できませんでした。

もう1つはコストです。日本道路交通情報センターの情報を利用するにはそれなりの利用料がかかり、これもハードルとなっていました。例えば個人向けに提供するサービスに使うなら、開始時の負担金、月額基本料に加えて、利用者数に応じた課金が生じます。放送やサイネージに使うならエリア数ごとに課金が生じます。

しかし技術進歩により、ビッグデータ活用型交通情報が利用可能になってきました。杉山氏は「コンピュータ処理能力向上、モバイル通信の高速化やローコスト化により、スマホやカーナビからのデータ収集や処理が容易になってきました」と話します。道路の車両感知器などの有無によらず、交通情報を収集する手段が増えてきたことになります。典型的なのがGoogleマップです。今では道路の混雑状況も分かります。ほかにも自動車メーカーの通信型カーナビが提供する情報もあります。災害時には民間各社が収集した車両通行実績データを集約し、走行可能な道路を可視化しています。

Agoopの藤井氏が紹介したように、スマホアプリにAgoop SDKを搭載することでGPSデータを収集することが可能となります。杉山氏はこの人流データを活用した交通情報処理例として、木更津アウトレット周辺の休日における交通状況分析を挙げました。人流データは移動速度も分かるため、時速3.6km未満は歩行者として除外、時速40kmを境にマッピングしました。すると14時~15時台にはアクアラインで高速走行が確認できて、16時以降は17時台をピークに低速走行が確認できました。渋滞発生状況が可視化できたことになります。アウトレット周辺の交通量の時間ごとの推移も確認できました。
流動人口データを使った交通情報処理例
ほかにも例えば房総半島内で周遊した移動履歴を見ると、目的地や経由地の滞在時間が判明します。そうしたデータを集計すると、人気の目的地について季節や時間帯ごとの混雑推移や、居住している国や都道府県別の人気スポットも分析できるようになります。同様に、列車や船舶での移動や観光地についての分析にも活かせそうです。

杉山氏は道の駅を対象にしたデータ分析にも触れました。道路交通情報サービスでは道の駅周辺の渋滞情報も提供しています。「道の駅だと、基本的には来る人は自動車を使いますが、道の駅から歩いて回れる地域へどのように人を流動させるかの検討にも使えるのではないかと考えています」と杉山氏。

GPS位置情報データからは列車や車だけではなく歩行者の移動状況も把握できること、出身地や居住地ごとの分析が可能であること、滞在時間も判明すること、知りたいデータの抽出や表示方法を工夫することで新たな通知方法を創造可能であると杉山氏は指摘しました。

一方で杉山氏は課題として、スマホアプリ利用者のばらつき(地域や年齢など)があるため必要なデータ量を確保する必要があること、スマホ機種により収集できるデータに違いがあるため追加処理が必要である可能性も述べていました。

最後に今後の取り組みについて杉山氏は「最近ではサイネージにも安く利用できる仕組みが求められています」と話し、具体的に3つの検討項目を挙げました。1つ目は空港バスや高速バスなど一定の距離を走行するバスの旅行時間予測、2つ目は(高速道路のIC間のように)一般道の主要区間における通過予測時間の表示、3つ目は車両以外への情報提供です。

「今後も分析や検討を進め、大きな取り組みに発展できるように進めていきます。実証実験も踏まえ、具体的な意見も集めながら今後に活かせたらと考えています」(杉山氏)

株式会社ウフル IoTイノベーションセンター シニアマネージャー 池澤将弘

協創ビジネスの実践

株式会社ウフル IoTイノベーションセンター シニアマネージャー 池澤将弘

ウフル池澤からは協創ビジネスを実践する重要性について解説しました。協創のメリットを端的に挙げると「早い」、「安い」、「旨い」です。

自社で全て調達すると時間もコストもかかります。IoTではすでに多数のサービスが提供されていますので、パートナーとリソースを相互活用すればサービスを短時間で作りあげることが可能です。開発期間が短くなれば、コストも安くなります。「ありものを使いましょう」と池澤は言います。

協創することでパートナーの商流や顧客を活用できるのでビジネスチャンスも広がります。池澤は「汎用性や拡張性が高いプラットフォームにすると、市場を拡大していくことができます」と言います。またIoTビジネスでは、デバイスやデータの増加に比例して運用費用も増加してしまうことがないような仕組みを考えることも重要です。

池澤は「IoTビジネスは1社では実現できません。デジタル時代の成功要因はエコシステムです」と強調します。レイヤーの異なる複数の企業で組むことが重要です。また「協創とは単なる取引先ではありません。『あなたが開発したものができたら使わせてください』という相手でもありません。ビジネスを協力して創っていきましょうと一緒に歩む仲間です。それぞれが主体性を持って関わることが重要です」と言います。ナレッジやノウハウを共有することで、失敗するリスクも分散させていくことが可能となります。

続いて池澤はウフルが提供するIoTオーケストレーションサービス「enebular」を紹介しました。IoT製品やサービスの開発から運用までを包括的に支援するサービスです。IoTにはさまざまなレイヤーがあり、それらを統合的にコントロールするのは簡単ではありません。そこでenebularです。enebularはクラウド、ゲートウェイ、デバイスの3層に分散する環境を統合的に制御できます。

enebularの利用イメージ

enebularはノンプログラミングでフロー設計ができることが特徴です。必要なノードをつなげて、機器の動きやパラメーターを制御できます。

TCO削減効果も絶大です。enebularを用いることで初期開発費用を削減するだけでなく、納品後の修正も簡易に行うことができるため、設定値の調整やソフトウェア更新など保守運用の手間も削減することが可能です。enebularから管理デバイスに対して一括して設定変更の実施が可能なので、デバイスが増加しても手間が増えることがないからです。もちろんデバイス個別に設定をすることも可能です。

ここからは協創事例を紹介します。ソフトバンクが提供する、オフィス施設の利用状況や環境情報を可視化するサービスで、enebularの機能を連携しています。このサービスは、各所に設置したセンサーのデータを用いて、会議室やトイレの利用状況、オフィス内の温度や湿度などの環境情報を可視化し、業務効率や社員満足度の向上につなげることが期待できます。

このセンサーデバイスの認証や動作条件、あるいはゲートウェイのセキュリティ設定などを一括制御しているのがenebularです。enebularを用いて素早く開発し、設置場所に合わせてセンサーのしきい値などを変更するといった運用も簡単にできます。

ほかにもウフルは日本特殊陶業との共同事業に取り組んでおり、エビの陸上養殖がその一例です。センサーから水温や水質を把握し、データ分析で最適な餌やりなどを実行しています。こちらもセンシングシステムの開発・保守にenebularが使われています。日本特殊陶業のセンシング技術とウフルのIoT・AIへの知見、両社の強みを組み合わせた事例です。

IoTビジネスで協創をするうえで、欠かせないのがパートナー探しです。特に最初は「どこと組めばいいかわからない」という壁にぶつかります。そこで助けになるのがIoTパートナーコミュニティです。参加する企業や団体が相互に協創する場を提供しています。現在、50社が参加し、7つのワーキンググループが活動しています。

最後に池澤は「ありものを用いて、コストを下げることを考え、主体的に関わる。こうしたことを意識して協創していけばうまくいきます。ウフルでは協創の支援もさせていただきますので、これからもぜひ協創を進めていきましょう」と述べて講演を締めました。

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