GX-ETSがもたらす事業環境の変化と、脱炭素経営を実現するシステム活用

排出量取引制度(GX-ETS)

GX-ETS本格始動の背景と企業経営における重要性

2050年カーボンニュートラルの実現は、もはや遠い未来の目標ではなく、喫緊の課題として認識されています。この世界的な潮流を受け、日本政府は経済成長と環境保護を両立させるための国家戦略として「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」を強力に推進しています。そして、そのGX戦略の中核を担う政策こそが、2026年度からの段階的な稼働が予定されている「排出量取引制度(GX-ETS)」です。

気候変動問題は、単なる環境問題という枠を超え、企業の競争力、サプライチェーンの強靭性、ひいては事業の存続そのものを左右する、経営の中核的な課題へと変貌しています。

このような大きな事業環境の変化の中で導入されるGX-ETSは、決して一部のエネルギー多消費産業だけに限定された話ではありません。制度の直接的な対象となるのは、当面、排出量の多い大企業に限られますが、その影響は取引関係を通じてサプライチェーン全体へと確実に波及します。自社の排出量を正確に把握し、削減に向けた具体的なアクションを起こすことは、もはや大企業だけの責務ではなくなっています。

GX-ETSの概要

制度の目的と全体構造

GX-ETSの最大の目的は、企業活動に伴うCO2排出という「環境コスト(外部不経済)」を、経済活動の内部に取り込むことにあります。これまで事実上、無料で排出できていたCO2に価格を付ける(カーボンプライシング)ことで、企業に対して排出量を削減するための経済的インセンティブを与えるものです。これは日本の排出削減目標達成に向けた、中核的な政策手段と位置づけられています。

その基本構造は「キャップ&トレード」と呼ばれる方式です。

キャップ(Cap): 政府が、対象となる産業全体で排出できるCO2の総量に上限(キャップ)を設定します。
排出枠の配分: 設定されたキャップの範囲内で、対象となる個々の企業に排出しても良い量の上限(排出枠)を割り当てます。
トレード(Trade): 企業は、割り当てられた排出枠の範囲内で事業活動を行います。再生可能エネルギーや省エネ技術の導入などによって排出量が排出枠を下回った場合、その余剰枠を市場で売却し、利益を得ることができます。逆に、排出削減が進まず排出量が排出枠を超過してしまった企業は、市場から不足分の排出枠を他の企業から購入しなければなりません。

直接の対象事業者

GX-ETSが本格稼働した際、まず直接的な規制の対象となるのは、直接排出量(≒Scope1)が年間10万tCO2以上の企業で、300~400社程度が該当すると見込まれます。対象企業の排出量を合計すると国内の排出量の60%近くとなります。

この基準は、主にエネルギー多消費型の産業、具体的には鉄鋼、化学、セメント、紙・パルプ、電力、運輸といった業種の主要企業が該当します。これらの企業は、日本の産業構造の中核を担うとともに、国内のCO2排出量の大部分を占めています。したがって、これらの企業の排出削減を促すことが、国全体の目標達成に不可欠であると考えられます。

ただし、重要なのは、この対象範囲が将来的には拡大していく可能性がある点です。制度の成熟度や社会情勢の変化に応じて、対象となる業種や排出量の基準が見直されることも十分に考えられます。

排出枠(キャップ)の配分方式

制度の最も重要な論点の一つが、「排出枠を各企業にどのように配分するか」という問題です。この配分方式によって企業の初期負担や削減努力へのインセンティブが大きく変わるため、現在、経済産業省の審議会などで議論が続けられています。業種に応じて、ベンチマーク方式とグランドファザリング方式が検討されています。


出所)経済産業省 排出量取引制度小委員会 事務局資料

① ベンチマーク方式

業界内で上位から一定割合までの排出効率を基準(ベンチマーク)とし、各社の生産量などに応じて排出枠を割り当てる方式です。例えば、「粗鋼1トンを生産あたりのCO2排出量」や「燃料使用量(熱量)あたりのCO2排出量」といった、製品や事業の原単位を指標として用います。

メリット
  1. 排出効率の高い、つまり「環境性能の良い」企業ほど有利になるため、企業間の公平な競争を促し、技術革新への強いインセンティブが働きます。努力した企業が報われる、より理想的な仕組みと言えます。
デメリット
  1. 公平で客観的なベンチマーク指標の設定は非常に複雑です。同じ製品でも製造プロセスや設備の詳細が企業ごとに異なるため、全事業者が納得する指標を策定することは困難です。

② グランドファザリング方式

過去の排出実績(ある基準年の排出量)に基づき、排出枠を割り当てる方式です。

メリット
  1. 企業にとって、過去の実績に基づいて排出枠が配分されるため、制度導入当初の急激なコスト負担を避けられ、比較的スムーズな移行が可能です。
デメリット
  1. 過去に多くのCO2を排出していた企業ほど多くの排出枠を得ることになり、早くから削減努力を重ねてきた企業が不利になるという「公平性」の問題があります。

ベンチマークの設定方法や水準については、省エネ法の考え方を踏襲している部分が多く、制度間での整合性も考慮した検討が進められています。制度開始時は企業の活動量あたりの排出量の中位を基準とし、毎年度段階的に水準を厳しくして、排出上限を引き下げる方針となっています。


出所)経済産業省 排出量取引制度小委員会 事務局資料

特に業種特性を考慮する必要性の高いエネルギー多消費分野等を中心にベンチマークを定め、ベンチマークの設定が困難な業種については、基準となる年度の排出量に一定の削減率を乗じるグランドファザリング方式によって割当量を決定することが見込まれています。記事執筆時点(2025年11月)では詳細な制度設計が進められています。

段階的導入のロードマップ

GX-ETSは、経済への急激な影響を避けるため、時間をかけて段階的に導入・強化されるよう、以下のフェーズに分けて計画されています。

  1. 第1フェーズ(2023年度~2025年度)
    「GXリーグにおける自主的な排出量取引制度」の期間。GXリーグへの参画企業が自主的な目標を設定し、排出量取引の先行的な試行を通じて、制度に関する知見やノウハウを蓄積しています。
  2. 第2フェーズ(2026年度~2032年度)
    「本格稼働」の第一段階。一定規模以上の排出事業者を対象に制度への参加が義務化され、政府が定める基準に従った割当量以上の排出を行った場合には排出枠の調達が義務化されます。
  3. 第3フェーズ(2033年度~)
    「本格稼働」の第二段階。カーボンニュートラルの実現に向けた鍵となる発電部門の脱炭素化の移行加速に向け、発電部門について段階的にオークションが導入されます。

 

GX-ETSがもたらす直接的・間接的な影響

GX-ETSの導入は、企業の事業活動に構造的な変化を迫ります。その影響は、制度の直接対象となる大企業に留まらず、サプライチェーンを通じてあらゆる規模の企業へと広がっていきます。

対象事業者に発生する義務と業務

制度の直接対象となる企業には、これまでの事業活動にはなかった新たな義務と、それに伴う専門的な業務が生じます。

排出量の算定・報告・検証(MRV)プロセスの確立

MRVは、排出量取引制度の信頼性を担保する根幹であり、対象企業には厳格な遵守が求められます。

M (Monitoring / Measurement) – 算定・測定: 自社のあらゆる事業活動から排出されるGHGを、定められた算定ルールに基づき、正確に把握する体制を構築することが求められます。特に、ベンチマーク方式での排出枠となる事業者は、単に工場全体の燃料や電力の使用量を集計するだけでなく、どの工程で、どの設備から、どれだけのCO2が排出されているのかを、これまで以上に精緻に管理することが求められます。
R (Reporting) – 報告: 算定した排出量データを定期的に報告する義務が生じます。この報告データが、排出枠の遵守状況を判断する公式な記録となります。
V (Verification) – 検証: 報告したデータが算定ルールに則って正確に作成されていることを、独立した第三者検証機関によって審査・検証してもらう義務です。これにより、データの客観性と信頼性を担保します。

これらのMRVプロセスは、専門的な知識を要するだけでなく、データ収集や検証機関への支払いなど、新たな管理コストと人的リソースを必要とします。

排出枠の管理と削減目標達成計画の策定

排出枠は、企業にとって「排出する権利」という新たな資産となります。経理部門が資金を管理するように、環境部門や経営企画部門は、自社に配分された排出枠と、生産計画などに基づく将来の排出量予測を常に照らし合わせ、排出枠の過不足を管理する必要に迫られます。 排出枠が不足しそうな場合、「市場から追加購入する」「脱炭素施作を前倒しで実行する」「生産計画を調整する」などといった複数の選択肢の中から、経営的な観点で最適な判断を下さなければなりません。GX-ETSの目標達成を、その場しのぎの対応ではなく、自社の中長期的な経営計画や設備投資計画と深く連動させ、戦略的に削減を進める必要があります。

サプライチェーン全体への影響拡大

GX-ETSのインパクトは対象企業のみならず、サプライチェーン全体にまでその影響が及ぶと見られます。

GX-ETSの対象となる企業は、自社の直接排出量に対して排出枠が設定され、超過すれば排出枠の購入コストが発生し、削減すれば売却益を得られるという経済的インセンティブに直面します。この制度の下で、大企業は自社の競争力を維持・強化するために、直接排出量だけでなく、間接排出量、さらにはサプライチェーン全体の排出量削減を戦略的な課題としてこれまで以上に重要視するようになると考えられます。

多くの企業は、原材料の調達から製品の製造、輸送、廃棄に至るまでのサプライチェーン全体(Scope3)が、自社単独の排出量(Scope1, 2)を大きく上回る排出量を占めることが珍しくありません。GX-ETSによる直接的なコスト負担や排出量削減目標の達成圧力は、大企業がサプライヤーに対して排出量削減への協力を強く求める動機となり得ます。その結果、サプライヤーである中小企業などに対して、排出量データの提出や排出量削減についての要請が、これまで以上に増加することが想定されます。

CO2排出量の多いサプライヤーは「環境負荷の高い(=コストの高い)サプライヤー」と見なされ、取引を打ち切られたり、新規契約のコンペで不利になったりするリスクが高まります。逆に、自社の排出量を正確に把握し、低炭素な製品・サービスを提供できる企業は、競合他社に対する明確な優位性を持ち、新たな受注機会を掴むことが期待できます。

経営上のリスクと事業機会

脱炭素社会へと向かう変化は、企業にとってリスクと機会の両側面を持ち合わせています。

経営上のリスク
直接的コスト増
排出枠の購入費用などによるコストが増加します。
取引機会の喪失
サプライチェーンからの排除リスクがあります。これは排出量の多寡に関わらず、すべての企業に当てはまります。
資金調達コストの上昇
金融機関が企業の環境対応を厳しく評価する「ESG投融資」が世界の潮流となる中、脱炭素への取り組みが遅れている企業は、融資利率が高くなったり、最悪の場合、融資そのものが受けられなくなったりするリスクに直面します。
レピュテーション(評判)の低下
環境問題への対応に消極的な企業として、消費者や求職者からのイメージが悪化し、売上減少や人材獲得難につながるリスクがあります。
新たな事業機会
競争優位性の確立
省エネルギー技術や再生可能エネルギーの導入、製品の軽量化などを通じて、競合よりも低炭素な製品・サービスを提供することで、市場でのシェア拡大が期待できます。
新規事業の創出
排出枠の売却、カーボンクレジット創出・売却による直接的な収益化、自社で培った省エネ技術やノウハウを他社に人的に提供するコンサルティング事業、システムとして提供するソリューション事業、様々な脱炭素関連技術のビジネスなど、新たな市場が生まれます。
企業価値の向上
ESG評価が高まることで資金調達が容易になり、環境意識の高い優秀な人材を惹きつけることもできます。これは企業の持続的な成長の基盤となります。

 

GX-ETS時代に向けて 〜ウフルのソリューションと支援サービス〜

GX-ETSがもたらす事業環境の変化に対応するためには、その全ての土台となる「自社のGHG排出量を正確に、網羅的に、かつ効率的に把握する能力」が不可欠です。しかし、このデータ管理は想像以上に困難な壁として立ちはだかります。

データ管理の課題を解決し、これからの時代を乗り切るための最も現実的かつ効果的な手段が、企業のニーズにあったシステムの選定と活用です。システムは、単なる業務効率化ツールに留まらず、企業の脱炭素経営を加速させる戦略的なIT基盤となります。

脱炭素社会への対応を、受動的に対応すべき「コスト」ではなく、能動的に活用すべき「事業機会」として捉えるために。そして、持続的な成長を実現するために、戦略的なIT基盤への投資が求められています。脱炭素化を支援するシステムの導入は、未来の企業価値を創造するための重要な第一歩と言えるでしょう。

ウフルでは、温室効果ガス排出に関する追跡・分析・報告活動を可視化するサービスや、日本の法律で提出が求められる各種報告書の自動出力に対応したサービス、カーボンフットプリントデータ連携サービスなどをはじめとし、脱炭素化への課題を解決するためのソリューションを提供しています。


ウフルのカーボンニュートラルソリューション
https://uhuru.co.jp/service/lp/carbonneutralsolution/

CO2データ連携サービス
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Salesforce Agentforce Net Zero 導入支援
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省エネ法・温対法報告 for Salesforce
https://uhuru.co.jp/service/energy-efficiency-and-global-warming/

 

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