GHGプロトコル改定で迫られる「時間単位」の脱炭素管理

【本記事に関するご注意】
本記事は、2025年12月時点のGHGプロトコル公開草案および関連資料に基づき作成された解説です。GHGプロトコルの改定内容は確定しておらず、多様な解釈が可能な段階にあります。本記事に含まれる主張は、現時点で考えられる一つの見解となります。今後、最終的な基準の確定や、日本国内の制度への適用ルールが明確化されるに従い、本記事の記載内容が最新の状況と異なる可能性、あるいは誤りとなる可能性がある点にご留意ください。


企業の気候変動対策における「炭素会計(Carbon Accounting)」のルールブックであるGHGプロトコルは、大きな転換点を迎えています。

GHGプロトコル スコープ2(購入した電力・熱などに伴う間接排出)の算定基準に関するパブリックコンサルテーション(公開草案に対する意見募集)が開始されました。今回の改定案は、従来の実務を根本的に変える可能性のある「時間単位のマッチング(Hourly Matching)」や「供給可能性(Deliverability)」といった厳格な要件を含んでおり、企業は算定業務の抜本的な見直しを迫られることになります。

1. GHGプロトコル改定の背景と目指す方向性

現行のスコープ2ガイダンスが発行された2015年当時と比べ、再生可能エネルギー(再エネ)市場は劇的に変化しました。しかし、現行のルールには「物理的な実態」と「会計上の主張」との乖離に対する批判が根強くありました。
典型的な例が、「夜間に消費した電力に対して、昼間に発電された太陽光発電の証書を充当して『再エネ100%』と主張する」ケースです。物理的にはその時間に再エネを使っていなくても、年間の総量で帳尻を合わせれば許容される現行ルールは、送電網の現実を反映しておらず、真の脱炭素化を歪めているという指摘があります。

今回の改定は、こうした課題を解消し、「いつ、どこで発電された再エネを、誰が使ったのか」という物理的実態に即した算定ルールへと進化させることを目的としています。

改定完了までのロードマップ:2027年最終化の予定

今回の改定作業は、「フェーズ1」と「フェーズ2」の2段階に分けて進められることが
公式な開発計画(Standard Development Plan)で示されています。

  1. フェーズ1(主要要件の改定):~2026年第2四半期頃
    現在行われているパブリックコンサルテーション(2026年1月31日まで)は、このフェーズ1の成果物(ドラフト)に対するものです。ここでは、ロケーションベース手法(LBM)・マーケットベース手法(MBM)の目的明確化、LBMの技術的改善(排出係数ヒエラルキー等)、MBMの技術的改善(時間単位マッチング、供給可能性、SSS、残余ミックス等)、プロジェクト会計との関係性などが主なトピックです。コンサルテーションの結果を踏まえ、2026年第2四半期頃にフェーズ1の内容(主要要件の改定テキスト)が確定する見込みです。
  2. フェーズ2(追加トピックの検討):2026年~2027年
    フェーズ1と並行、あるいは後続して、より詳細な論点の検討が進められます。
    具体的には、スコープ3との相互作用(カテゴリ3等)、購入熱・蒸気のガイダンス、送配電ロス、データプロバイダー向けの技術ガイドライン、新技術(蓄電池、EV、水素等)への対応などが含まれます。これらのトピックについても、ドラフト作成とパブリックコンサルテーション(2026年後半頃を想定)が行われます。
  3. 最終基準の発行:2027年
    フェーズ1とフェーズ2の全トピックを統合した改定版スコープ2基準(Scope 2 Standard, Second Edition)」として、2027年中の最終発行が予定されています。
  4. 適用開始(2028年以降)
    基準発行後、企業がシステムや契約を対応させるための準備期間として、段階的導入期間が設けられる見込みです。このため、新基準への完全準拠が実質的に求められるのは2030年頃になると予想されます。

2. スコープ2ガイダンス改定の主要ポイント

改定案では、従来の「ロケーションベース(LBM)」と「マーケットベース(MBM)」の2つの基準で報告する枠組みは維持されますが、それぞれの要件が厳格化されます。

ロケーションベース手法(LBM):より精緻な排出係数の利用義務化

LBMでは、これまで年平均の全国係数などが使用されてきましたが、改定案では「入手可能(Accessible)な中で最も精緻な係数」の使用が義務付けられます。
具体的には、以下の優先順位(ヒエラルキー)が提案されています。

  • 空間的粒度:より狭い地域(送配電エリアなど)の係数を優先
  • 時間的粒度:年次よりも月次、月次よりも「1時間単位」を優先
  • 係数の種類:発電ベースよりも、電力融通を考慮した「消費ベース」を優先

ここで重要な論点が2つあります。
一つは「日本の空間的粒度」です。現時点では、一般送配電事業者ごとの「10エリア」に区分されるとの見方が強いですが、日本のグリッドが「全国」として扱われるのか、周波数の異なる「東西」の2エリアとして扱われるといった可能性もあり、未確定です。
もう一つは「入手可能性(Accessibility)」の定義です。 改定案では、企業に強制される「入手可能なデータ」とは、以下の3条件を満たすものと定義されています。

  • 公的に利用可能であること(Publicly available)
  • 無償で利用できること(Free to use)
  • 信頼できる情報源であること(From a credible source)

つまり、LBMにおける「1時間単位の排出係数」の使用が義務となるかどうかは、日本政府などが1時間ごとの係数を公表し、それが企業にとって容易に入手可能な状態になるかどうかによります。有償のデータベースを購入してまで対応する義務はないという現実的なラインが引かれています。

マーケットベース手法(MBM):品質基準の抜本的強化

企業が再エネ調達の効果を訴求するMBMにおいて、以下の大きな変更が提案されています。

時間単位のマッチング(Hourly Matching)
証書(非化石証書やI-RECなど)は、消費された電力と「同じ1時間」に発電されたものでなければならない。

供給可能性(Deliverability)
証書は、消費地点と同じ市場境界(Market Boundary)内、または物理的に送電可能な地域から調達されなければならない。

【供給可能性を満たさないケースとは】

注意が必要なのは、エリアを跨ぐ証書の購入です。例えば、「東京エリアの需要家が、九州エリアの太陽光発電由来の証書(アンバンドル)を購入する」といったケースが該当する可能性があります。

もし日本の市場境界が一般送配電事業者の10エリアごとに設定された場合、東京と九州は「異なる市場」となります。この場合、エリアを跨ぐ調達には「供給可能性」の証明が必要となりますが、その要件として「エリア間の卸電力市場価格の差が5%未満であること(=送電線の空き容量があり、物理的に電気が届き得ること)」などが提案されています 。 物理的な送電契約を伴わない証書単体の取引ではこの証明が難しく、また日本国内ではエリア間の価格差が生じる頻度も高いため、遠隔地の証書は削減量として認められなくなる可能性があります。

標準供給サービス(SSS)の導入とFIT非化石証書への影響

日本企業にとって特に重要なのが、「標準供給サービス(Standard Supply Service: SSS)」という新概念の導入です。

SSSとは、電気事業者の顧客が、追跡可能かつ回避不可能な形で金銭的負担をしている電源と定義されます。具体的には、電力供給に伴う規制料金や義務的なプログラムを通じて、すべての消費者がコストを負担しているようなケースが該当します 。
このSSSの代表的な具体例の一つとして挙げられているのが、日本のFIT(固定価格買取制度)です。

改定案では、「SSS由来の環境価値は、すべての消費者に公平に分配されるべきであり、特定の企業が独占して主張することはできない(比例配分のみ可)」とされています。このため、FIT電源由来の証書(FIT非化石証書)を用いた「再エネ100%」などの個別主張は制限される可能性があります 。
具体的には、その地域の電力網(グリッド)に含まれるFIT電源の比率(例:全電源の20%)までは、すべての需要家が自動的にその割合(比例配分シェア)まで「再エネを使っている」と主張できます。 しかし、それ以上の割合(例:再エネ100%)を目指してFIT非化石証書を追加で購入しても、その証書による削減効果の上乗せは認められないこととなります。

つまり、FIT非化石証書は「グリッド平均の再エネ比率」の一部として全員に薄く広く配分されるものであり、個別の企業が「他社よりも多く再エネを使う」ための手段としては使えなくなるということです。


3. 最大の焦点:「時間単位のマッチング(Hourly Matching)」の実現手法

電力消費量が大きな企業にとっては、これまでの「電力消費量(月間や四半期、年間など) × 年平均の電力排出係数」という単純な掛け算での算定では済まなくなり、「1年=8,760時間」の各時間について、発電と消費を照合することが求められるようになります。

改定案ではデータの精度に応じた2つのアプローチと免除規定が提示されています。

実測データ(Primary Hourly Data)の活用

これが最も推奨される、最高精度の方法です。 具体的には、以下の「消費」と「発電」双方の1時間ごとの実測データを突き合わせるアプローチです。

消費側:スマートメーターや電力会社の請求データ等から得られる、1時間ごとの電力使用量(kWh)。

発電側:調達した再エネ電源が、同じ1時間に発電した実績量(またはそれに紐づくタイムスタンプ付き証書)。

この手法は、あらゆる調達形態に適用されます。 例えば、自社設備による「自家発電」や、敷地内に事業者の設備を設置する「オンサイトPPA」などにおいて、環境価値を自社で保有できる場合、これまでは「昼間の余剰発電分で夜間の消費を相殺する」ことも可能でしたが、改定案では「昼間の発電分は昼間の消費にしか充てられず、夜間は系統電力(化石燃料含む)を使用したとみなされる」という厳密な計算が求められます。オフサイトPPAも同様に、発電されていない時間帯は再エネ使用とは認められません。

ロードプロファイル(Load Profiles)の活用

すべての拠点で1時間ごとの実測データを得ることは困難です。そこで、救済措置として「ロードプロファイル(負荷/発電曲線)」という推定データの利用が認められます。 これは消費側・発電側双方に適用可能です。

消費側のプロファイル:施設のタイプ(オフィス、工場等)や地域、季節に応じた標準的な電力使用パターンを用い、月次の検針値を1時間ごとのデータに分解します。
発電側のプロファイル:太陽光や風力などの標準的な発電パターンを用い、月次や年次の再エネ契約量(証書量)を1時間ごとの発電量に按分して割り当てます。

これにより、推定データを用いて時間単位の照合を行うことが可能になります。

ロードプロファイルを利用した推定のイメージ(月間消費電力を分解する場合)

今後の消費側データ・発電側データの整備状況によって、算定の実務には複数のシナリオが考えられます。

電気事業者が裏側でこのマッチング計算を行い「1時間ごとの排出係数」を需要家に提供するようなサービスが登場することも考えられます。 この場合、電気事業者は証書インフラやメーター情報の整備状況に応じて、上述の「実測データ」や「ロードプロファイル」を適切に組み合わせて係数を生成することになるでしょう。
このシナリオにおいて、需要家は、1時間ごとの実測消費量ないしはロードプロファイルを適用した1時間後の推計消費量に、電気事業者から提供される「1時間ごとの排出係数データ(8,760コマ分)」を掛け合わせることで排出量の算定をすることになります。

免除規定(Exemption)

中小企業や、大企業であっても電力消費量が少ない拠点については、時間単位マッチングの義務を免除する閾値(例:年間5GWh、10GWhなど)の設定が検討されています。

この規定の対象となった範囲については、従来通り「月次」や「年次」でのマッチングが許容されます。 ただし、これはあくまで「小規模な需要家/拠点」への配慮であり、初期分析では企業の数としては過半数が免除対象となるものの、電力消費量の総量で見れば大半が時間単位マッチングの対象として残るよう設計されています。つまり、社会全体としての脱炭素の精度は、大規模需要家が牽引することで担保される構造です。


4. 算定システムへの新たな要請:データ処理の高度化とガバナンスの確保

GHGプロトコルの改定に伴う「時間単位」への移行は、企業の環境データマネジメントにおけるパラダイムシフトを意味します。

データ処理量の爆発的な増大と複雑化

算定粒度の細分化は、処理すべきデータ量の桁違いの増加をもたらします。 1拠点あたりのデータポイントは、従来の年間12件から8,760件へと激増します。仮に100拠点を有する企業の場合、年間87万6,000行以上のデータ処理が発生します。さらに、各時間枠(コマ)に対してロケーション基準とマーケット基準の双方で計算を行い、かつ証書の有効期限や属性情報(電源種別、発電所所在地等)との整合性を管理する必要があるため、計算ロジックは極めて複雑化します。

システムによる自動連携と業務プロセスの標準化

この膨大な処理負荷を解決する鍵は、データの自動連携にあります。

API連携により、1時間ごとの電力使用量データを自動取得し、さらに証書レジストリとも連携してアワリー証書の購入・償却情報を自動で取り込む仕組みが求められます。データの取得から計算、レポーティングまでのプロセスがシステム内で完結するよう環境整備が進めば、需要家側の算定実務負荷は、現在の年次算定と同等かそれ以下の水準まで低減されることも期待できます。

アプローチ別の要件

【実測データ活用】の場合

実測データを活用するためには、各拠点の電力消費データを集約・管理している外部のプラットフォームと、自社の算定システムをAPI等で接続する必要があります。膨大な拠点数・データ量の通信を安全かつ安定的に処理する外部連携機能が重要となります。

発電側のデータ(J-クレジットや非化石証書等)の連携については、登録簿の整備状況に応じて以下の対応が求められます。API連携が可能になった場合は、システムがレジストリと直接接続し、タイムスタンプ付き証書の取得・無効化(償却)情報を完全自動で取り込みます。それまではCSVファイルなどとして出力したデータで擬似的に自動連携するなど、大量のデータを人手を介さず安全に取り込む仕組みが必須となります。

【ロードプロファイル活用】の場合

適切なロードプロファイル(業種・地域・季節ごとなど)のデータベースをシステム内に保持・更新する機能が必要です。さらに、請求書ベースの月間使用量に対し、適切なプロファイルを適用し、自動的に8,760時間のデータに分解・按分する計算ロジックが必要です。

第三者検証(Assurance)への対応負荷とシステム監査

日本において、2027年以降、プライム市場上場企業等に対してサステナビリティ情報の「第三者保証」が順次義務化される見通しです 。 この際、検証機関は「排出量が正しく算定されているか」を確認しますが、時間単位算定においては、その確認作業の負荷も劇的に増大します。

サンプリング監査の限界
膨大な時間単位データ(数百万〜数千万行)に対し、従来のような人手によるサンプリングチェックを行うことは現実的ではありません。

トレーサビリティの証明
「ある特定の時間の電力消費に対して、確かにその時間に発電された再エネ証書が割り当てられているか」という突き合わせの整合性を、Excel等の属人化しやすいツールで証明することは極めて困難であり、検証コストの高騰や検証不能(意見不表明)のリスクを招きます。

したがって、これからのシステムには、計算結果を出すだけでなく、「いつ、どのデータに基づき、どのロジックで計算されたか」という監査証跡(Audit Trail)を自動的に記録・保全する機能が不可欠となります。検証機関がシステムのロジック自体を信頼できる状態にすることで初めて、効率的かつ信頼性の高い第三者検証が可能となります。


5. おわりに:来るべきデータ駆動型脱炭素経営への備え

今回の改定案には「レガシー条項(Legacy Clause)」の検討も含まれています。これは、改定前に締結された長期の再エネ契約(PPAなど)については、一定期間、新しい厳格なルール(時間単位マッチング等)の適用を免除するという経過措置です。

また、最終的な基準において、時間単位のマッチングが「必須(Shall)」ではなく「推奨(Should)」に落ち着く可能性もゼロではありません。

しかし、仮に「推奨」に留まったとしても、時間単位でのエネルギー管理が持つ価値は変わりません。いつ電力を使っているかを精緻に把握することは、ピークシフトによるコスト削減や、蓄電池・EVを活用した新たなエネルギーマネジメント、さらには投資家に対する高度な情報開示へとつながるからです。

自社の電力消費の実態を「時間単位」で把握できる体制の整備を先手を打って始めることは、単なるコンプライアンス対応といった守りの対応にとどまらず、中長期的な脱炭素経営における競争力の源泉となるはずです。


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算定ルールの複雑化とデータ量の爆発的増加に対し、従来のアナログな管理手法からの脱却は避けられません。
ウフルはこうした世界的な潮流の変化に対応する企業の皆様を、システム面からサポートしています。

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